
F1のグリッドには、公然の秘密があります。
華やかなパドックの裏側で、長年にわたり囁かれ、時には声高に批判され、それでもなお頑として存在し続けている「禁断の構造」。
それは、「同じオーナーが2つのチームを所有し、競わせている」という、他のメジャースポーツではまずあり得ない異常事態です。
サッカーのチャンピオンズリーグで、同じオーナーのクラブ同士が準決勝で対戦したらどうなるでしょうか?
八百長を疑われないはずがありません。
しかし、F1の世界ではレッドブル・レーシングと、その兄弟チームである「レーシングブルズ(旧スクーデリア・トロ・ロッソ、アルファタウリ、RB)」が、20年近くも同じアスファルトの上でタイヤを削り合っています。
なぜ、こんなことが許されているのでしょうか?
私は『QOLUP』のアナリストとして、断言します。
これは単なる「ルールの抜け穴」ではありません。
F1という巨大な政治とカネ、そして権力が複雑に絡み合った歴史が生み出した、極めて計算高い「必要悪」であり「最強の戦略」なのです。
2025年、レーシングブルズがコンストラクターズ選手権で躍進を見せる中、再びこの議論が熱を帯びています。
今日は、一人の熱狂的なF1ファンとして、そしてアナリスト「すけろく」として、このタブーにメスを入れます。
バーニー・エクレストンの亡霊、巧妙なレギュレーションの解釈、そして未来への布石……。
さあ、深淵を覗く準備はいいですか?
そもそも、なぜ2チーム所有が許されているのか?
F1グリッドを守った男・バーニー・エクレストンの計算
時計の針を20年ほど戻しましょう。
この物語の始まりは、エナジードリンクメーカーが大富豪の道楽としてF1に参入したことではありません。
すべては、元F1界のドン、バーニー・エクレストンが描いた壮大な絵図の一部だったのです。
2004年、フォードがジャガー・レーシングを売りに出したとき、レッドブルがそれを買い取り「レッドブル・レーシング」が誕生しました。
ここまでは、よくある話です。
しかし、翌2005年、事態は急展開を迎えます。
当時、F1界の弱小チームであったミナルディは、慢性的な資金難で存亡の危機に瀕していました。
もしミナルディが倒れれば、F1のグリッドは18台に減ってしまう。
これは「世界最高峰のレース」としての体面に関わる大問題でした。
そこで動いたのが、バーニー・エクレストンです。
彼はレッドブル創帥ディートリヒ・マテシッツに強く働きかけ、ミナルディの買収を仲介しました。
買収額は約3,460万ドル。
こうして2006年、イタリア・ファエンツァの小さなチームは「スクーデリア・トロ・ロッソ(イタリア語で赤い雄牛)」へと生まれ変わりました。
しかし、エクレストンの狙いは単なる「台数合わせ」ではありませんでした。
当時のF1は、メーカー主導の自動車工業会(GPMA)がF1からの離脱と新シリーズ設立(ブレークアウェイ)をちらつかせ、エクレストン側と激しく対立していた時期です。
エクレストンは、自分の息のかかった「レッドブル陣営」を2チームに増やすことで、フェラーリやジョーダンと共に政治的な防波堤を築こうとしたのです。
つまり、トロ・ロッソ(現レーシングブルズ)の誕生は、F1分裂の危機を回避するための政治的な「駒」として仕組まれたものでした。
技術的には別々のコンストラクターとして登録することで、ルール上の整合性を取りつつ、実質的な支配力を強める。
このエクレストンの「ウルトラC」がなければ、今のF1は存在しなかったかもしれません。
コンコルド協定と「2チーム所有」の法的グレーゾーン
「でも、ルールで禁止されていないの?」そう思うのは当然です。
実際、FIAの財務規定(Article 2.9)には、「同一エンティティ(事業体)が複数のF1チームのレポーティンググループに含まれてはならない」という趣旨の記述があります。
常識的に考えれば、親会社が同じならアウトです。
しかし、ここがF1の闇であり、妙味でもあります。
レッドブルGmbHが両チームのオーナーであることは公然の事実ですが、法的にはレッドブル・レーシングとレーシングブルズは「独立した別法人」として運営されています。
会計も、人事も(建前上は)、別々です。
さらに、「コンコルド協定」や技術レギュレーションには、特定のパーツ(トランスミッション、サスペンションなど)を他チームから購入できる「トランスファラブル・コンポーネント(TRC)」という規定があります。
これにより、別会社である「レッドブル・テクノロジー」が製造したパーツを、両チームが合法的に購入して使用することが可能になっているのです。
この「ルールの穴」とも言える絶妙な解釈は、エクレストン時代に「F1を救った救済措置」として黙認され、それが既成事実化して現在に至っています。
他チームがどんなに文句を言っても、「だって当時はみんな助かっただろう?」という歴史的背景が、最強の免罪符となっているのです。
私の独自分析 ── 「セカンドチーム」は本当にただのジュニアチームなのか?
世間ではレーシングブルズを「レッドブルのジュニアチーム」と呼びます。
若手を育成するための場だと。
確かにそれは事実です。
しかし、私、すけろくの分析では、それだけではこのチームの真の価値を見誤ります。
彼らは3つの顔を持つ「多機能戦略兵器」なのです。
ドライバー育成パイプラインという"人材工場"
まず一つ目の役割は、言うまでもなく「最強のドライバーを選別する過酷な試験場」です。
2001年に創設されたレッドブル・ジュニアチームは、これまでに数多の才能をF1に送り込んできました。
セバスチャン・ベッテル、マックス・フェルスタッペン、ダニエル・リカルド、ピエール・ガスリー、そして我らが角田裕毅。
彼らは全員、この「雄牛の学校」で揉まれ、生き残った猛者たちです。
例えば、2025年にレーシングブルズでデビューしたアイサック・ハジャーを見てください。
ルーキーながら目覚ましい活躍を見せ、2026年には早くも本家レッドブル・レーシングへの昇格を決めました。
代わりにレーシングブルズには、経験を積んだリアム・ローソンと、超新星アービッド・リンドブラッドが座ります。
この「育成→昇格→(ダメなら)放出」という冷徹かつ高速なサイクルは、自前のセカンドチームを持っていなければ不可能です。
他チームに頭を下げてシートを借りる必要がなく、自分たちの基準でドライバーを試し、育て、使い捨てる……いや、「最高の舞台で咲かせる」ことができる。
これは他のトップチームが喉から手が出るほど欲しいシステムでしょう。
また、アルボン・ガスリー・サインツと元レッドブル出身ドライバーが他チームでもライバルとして活躍しているのも、個人的には有意義な事だと思っています。
テクノロジー共有という"もう一つの役割"
二つ目の役割、そして今最もライバルたちが警戒しているのが、「テクノロジーの実証実験場」としての機能です。
先ほど触れた「レッドブル・テクノロジー」によるパーツ供給は、単なるコスト削減ではありません。

事実上、トップチームの設計思想をそのまま流用できることを意味します。
2025年型マシン「VCARB 03」が登場した際、元F1技術者のガリー・アンダーソン氏らが「レッドブルのクローンに近い」と指摘したのも無理はありません。
マクラーレンのCEO、ザック・ブラウンはこの状況に噛みついています。
「他のどのスポーツも、同一オーナーが競合する2チームを持つことは許可していない。これは公平性を欠く!」と。
正論です。ぐうの音も出ない正論です。
これに対し、レッドブル代表のクリスチャン・ホーナーは「我々はサッカーでもRBライプツィヒとザルツブルクを持っている。F1にこれだけ投資し、雇用を生んでいることは称賛されるべきだ」と反論します。
私の見解はこうです。
「予算制限(コストキャップ)時代において、この2チーム体制はチート級の強みになっている」。
本来なら1チーム分の予算で1つの正解を探すところを、彼らは実質的に2つのアプローチ(あるいは1つの成功例の共有)を行える可能性がある。データ共有は禁止されていても、同じ物理法則の下で同じようなパーツを使えば、得られる知見は倍増します。
新レギュレーション下においては、まさに「こうかはばつぐんだ」で、これがライバルにとって脅威でないはずがありません。
技術的に知らなくても、同じ状況で同じパーツを使えば再現はできちゃうよね。
政治的抑止力という"第三の役割"
そして三つ目は、あまり語られない「政治的な一票」です。
F1のルール変更やコンコルド協定の改定には、F1コミッションでの投票が必要です。
ここでレッドブル陣営は、最初から「2票」を持っています。
過半数やスーパーマジョリティ(圧倒的多数)が必要な決議において、この確実な2票は強力な拒否権、あるいは推進力になります。
実際、2024年から2025年にかけて激化した「A・Bチーム間のパーツ共有禁止」の議論においても、レッドブル側は強固に反対の姿勢を貫きました。
もしレーシングブルズが独立したチームだったら、もっと簡単に規制強化に賛成していたかもしれません。
自らの身を守るために、もう一人の自分が投票してくれる。
これほど盤石な政治基盤はありません。
選挙権が1人で2票あるのは正直ヤバいね。
最新状況(2025〜2026年) ── 変革の波が押し寄せる
2025年シーズンの実績:チーム史上最高に並ぶ6位
批判の嵐の中、レーシングブルズは2025年シーズンにおいて、結果でその存在価値を証明しました。
コンストラクターズ選手権でランキング6位(92ポイント)を獲得。
これはトロ・ロッソ時代の最高位に並ぶ快挙です。
特にアイサック・ハジャーは、ルーキーながら51ポイントを稼ぎ出し、ランキング12位に食い込みました。
チーム代表のアラン・パーメインが語った「数字を追うのをやめ、自分たちのレースに集中したことが覚醒のきっかけだった」という言葉通り、エミリア・ロマーニャGPからの3連戦で一気に20ポイントを積み上げた爆発力は、かつてのミナルディの面影など微塵もありません。
彼らはもはや「レッドブルのお下がり」ではありません。
中団グループのリーダーとして、アストンマーティンやハースと互角以上に渡り合う、立派なコンストラクターなのです。
FIAとF1が動き出した「A・Bチーム規制」の行方
しかし、風向きは変わりつつあります。
2025年7月、F1はスポーティング規則を修正し、A・Bチーム間の「共謀」に対する監視を強化しました。
さらに、現在締結に向けた最終調整が行われている2026年からの「新コンコルド協定」においても、この問題は最大の争点の一つでした。
現時点での情報では、2026年から即座に「2チーム所有禁止」とはならない見込みです。
禁止条項を盛り込むには全チームの合意が必要であり、当然レッドブルは拒否するからです。
次の大きなタイミングは2030年以降になるでしょう。
しかし、FIAは「調整は可能」と含みを持たせており、風洞時間の制限やパーツ共有の範囲縮小など、真綿で首を締めるような規制は今後も続くはずです。
2026年以降の展望 ── 「独立」か「統合」か
来る2026年、F1は技術レギュレーションの大変革を迎えます。
パワーユニットの電動比率向上、アクティブエアロの導入など、クルマの概念が根底から覆ります。
ここで注目すべきは、レーシングブルズがどう動くかです。
完全に新しい規定の下では、本家レッドブル・レーシングのコピーを作ることは難しくなります。
独自の開発能力が試されるとき、彼らは真の「独立独歩」のチームへと進化できるのでしょうか?
ドライバーラインナップは、経験豊富なリアム・ローソンと、若き天才アービッド・リンドブラッド。
彼らがどんな化学反応を起こすのか。
そして、もし将来的に「2チーム所有」が完全に禁止された場合、レッドブルはレーシングブルズを売却するのか、それとも何らかの形で統合するのか。
その決断は、F1の勢力図を塗り替える大きなトリガーになるでしょう。
レーシングブルズの存在意義を、私はこう考える
レーシングブルズは、単なるジュニアチームではありません。
それはドライバー育成、技術開発、そして政治的影響力という三位一体を担う、レッドブル帝国の「戦略的資産」そのものです。
かつてバーニー・エクレストンがF1を守るために仕組んだ政治劇が、20年後の今、形を変えて最強チームの牙城を支えている。
なんとも皮肉で、そしてF1らしいエピソードではありませんか。
皆さんに問いかけたい。
あなたは、レーシングブルズの存在はF1を豊かにしていると思いますか?
それとも、やはり不公平だと感じますか?
若き才能が輝くチャンスが増えるのなら歓迎だ、という意見もあるでしょう。
一方で、純粋な競争を阻害するなら排除すべきだ、という正義感も理解できます。
どちらも正解です。
だからこそ、この問題は面白い。
白黒つけられないグレーゾーンにこそ、モータースポーツの奥深さが詰まっています。
2026年の新時代に向けて、この「禁断の兄弟」がどう生き残りを図るのか。
私、すけろくは、その行方をこれからも熱く、執拗に追いかけ続けたいと思います。
F1は、サーキットの上だけで戦っているんじゃない。
ルールブックの行間でも、激しいレースが行われているのですから。