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F1日本人ドライバー完全ガイド|中島悟から角田裕毅まで歴代成績と次世代候補

今日は、F1世界選手権に挑戦してきた日本人ドライバーたちの輝かしい歴史について、詳しく解説していきます。

1987年の中島悟選手のデビューから現在活躍中の角田裕毅選手まで、そして今後F1ドライバーになる可能性のある注目の若手選手まで、たっぷりとご紹介します。

F1日本人ドライバーの歴史

F1世界選手権は、モータースポーツの最高峰として知られています。

そこに挑戦してきた日本人ドライバーは、これまでに20名以上にのぼります。
彼らはそれぞれの時代に、世界最速のレーシングドライバーたちと戦い、日本のモータースポーツの地位向上に貢献してきました。

1987年に中島悟選手がロータスチームからフル参戦を果たしたことが、日本人F1ドライバー本格参戦の始まりとされています。
それから約40年、日本人ドライバーたちは幾多の困難を乗り越えながら、F1という舞台で戦い続けてきました。

パイオニア世代:中島悟・鈴木亜久里・片山右京

中島悟(なかじま さとる)|日本人F1の先駆者

参戦期間:1987年〜1991年
所属チーム:ロータス、ティレル
最高位:4位(2回)
出走回数:74回

中島悟選手は、日本人として初めてF1にフル参戦したドライバーです。

ロータスチームでデビューし、1989年のオーストラリアGPでは4位入賞を果たしました。

当時、日系ブラジル人のアイルトン・セナがマクラーレン・ホンダで活躍していた時代に、純粋な日本人ドライバーとしてF1の舞台で戦った姿は、多くの日本のモータースポーツファンに夢と希望を与えました。

中島選手の息子である中嶋一貴選手も後にF1ドライバーとなり、親子2代でF1に参戦するという快挙を成し遂げています。

鈴木亜久里(すずき あぐり)|日本人初の表彰台

参戦期間:1988年〜1995年
所属チーム:ラルース、ザクスピード、フットワーク、ジョーダン、リジェ
最高位:3位(1回)
出走回数:64回

鈴木亜久里選手は、1990年の日本GPで3位に入賞し、日本人として初めてF1の表彰台に立った歴史的なドライバーです。

地元鈴鹿サーキットでの表彰台獲得は、日本のモータースポーツ史に残る偉業となりました。

亜久里選手は引退後もモータースポーツへの情熱を失わず、2006年には自らF1チーム「スーパーアグリF1チーム」を立ち上げ、チームオーナーとしてもF1に挑戦しました。

片山右京(かたやま うきょう)|最多出走記録保持者

参戦期間:1992年〜1997年
所属チーム:ラルース、ティレル、ミナルディ
最高位:5位(2回)
出走回数:95回

片山右京選手は、長年にわたり日本人F1ドライバーの最多出走記録(95回)を保持していました。
1994年のブラジルGPと同年のサンマリノGPで5位入賞を果たし、日本人ドライバーとしての実力を証明しました。

引退後は登山家としても活躍し、多才な人物として知られています。

また、モータースポーツの解説者としても活動し、F1の魅力を伝え続けています。

挑戦者たち:井上隆智穂から山本左近まで

井上隆智穂(いのうえ たかちほ)

参戦期間:1994年〜1995年
シムテックチームとフットワークチームで計18戦に出走しました。

高木虎之介(たかぎ とらのすけ)

参戦期間:1998年〜1999年
ティレルチームとアロウズチームで計32戦に出走。1999年のオーストラリアGPでは6位入賞を果たしました。

中野信治(なかの しんじ)

参戦期間:1997年、2003年
プロストチームとミナルディチームで計33戦に出走しました。

服部尚貴(はっとり なおき)

参戦期間:1991年
コローニチームで3戦に出走しました。

山本左近(やまもと さこん)

参戦期間:2006年〜2010年、2012年
スーパーアグリF1チーム、スパイカー、HRTなどで計21戦に出走しました。

表彰台獲得世代:佐藤琢磨・小林可夢偉

佐藤琢磨(さとう たくま)|14年ぶりの表彰台

参戦期間:2002年〜2008年
所属チーム:ジョーダン、B・A・R、ホンダ、スーパーアグリ
最高位:3位(1回)
出走回数:90回

佐藤琢磨選手は、2004年のアメリカGPで3位に入賞し、鈴木亜久里選手以来14年ぶりの日本人表彰台を実現しました。
同年のドライバーズランキングでは8位という好成績を残し、これが琢磨選手のF1キャリア最高成績となりました。

F1引退後はインディカーシリーズに参戦し、2017年と2020年のインディ500で2度の優勝を果たすという偉業を成し遂げています。

世界三大レースの一つであるインディ500での優勝は、日本人レーサーとして初めての快挙でした。

小林可夢偉(こばやし かむい)|日本人最多表彰台タイ記録

参戦期間:2009年〜2014年、2017年
所属チーム:トヨタ、ザウバー、ケータハム
最高位:3位(1回)
予選最高位:2位(1回)
出走回数:75回

小林可夢偉選手は、予選2位という日本人ドライバー史上最高のグリッドポジションを獲得した実力派ドライバーです。

2012年の日本GPで3位表彰台を獲得し、地元での活躍を見せました。

可夢偉選手の最大の魅力は、そのアグレッシブなオーバーテイクです。
「カミカゼ・コバヤシ」という異名で海外でも知られ、果敢な追い抜きで多くのファンを魅了しました。

F1引退後はWEC(世界耐久選手権)に参戦し、2019年と2020年にル・マン24時間レースで2連覇を達成。
世界最高峰の耐久レースでも頂点に立っています。

中嶋一貴(なかじま かずき)|二世ドライバー

参戦期間:2007年〜2009年
所属チーム:ウィリアムズ
出走回数:60回

中島悟選手の息子として、親子2代でF1に参戦しました。WECでも活躍し、世界チャンピオンに輝いています。

現役の希望:角田裕毅の挑戦

角田裕毅(つのだ ゆうき)|現役唯一の日本人F1ドライバー

参戦期間:2021年〜現在
所属チーム:アルファタウリ(レーシングブルズ)→レッドブル(2025年第3戦日本GPから)
最高位:4位(2021年アブダビGP)
レッドブル昇格後最高位:6位(2025年アゼルバイジャンGP)
通算出走回数:114回以上

角田裕毅選手は、2021年にわずか20歳でF1デビューを果たし、日本人F1ドライバーの最年少デビュー記録を更新しました。

ホンダの育成ドライバーとして、FIA-F4、F3、F2とステップアップし、F2では3位という好成績でF1への切符を手にしました。

2025年シーズンには大きな転機が訪れます。第3戦日本GPから、名門レッドブルレーシングの正規ドライバーに昇格したのです。
これは日本人ドライバーとして初めてF1トップチームの正規シートを獲得するという歴史的快挙でした。

角田選手の最大の武器は、その小柄な体格を活かした素早い反応速度アグレッシブな走りです。
また、エンジニアとのコミュニケーション能力も高く評価されており、マシン開発への貢献も期待されています。

2025年シーズンの状況

2025年シーズン、角田選手はレッドブルに昇格後、チャンピオン経験者のマックス・フェルスタッペンとのチームメイト対決という厳しい状況に置かれています。

フェルスタッペンが421ポイントを獲得する一方、角田選手は33ポイントという結果になっていますが、これはレッドブルのマシンが角田選手の特性に合わせきれていないことや、セットアップの難しさが影響しているとされています。

それでも、アゼルバイジャンGPでのレッドブル昇格後自己最高の6位入賞など、着実に経験を積み重ねています。
角田選手本人も「何かをつかんだ」とコメントしており、今後の成長が期待されています。

2026年以降の動向

残念ながら、2025年12月に発表されたレッドブルとレーシングブルズの2026年シーズンのドライバーラインアップにおいて、角田選手は両チームのレギュラーシートを失うことが決定しました。

レッドブルにはアイザック・ハジャーが昇格し、マックス・フェルスタッペンとコンビを組むことになります。

しかし、これが角田選手のF1キャリアの終わりを意味するわけではありません。

他チームへの移籍の可能性や、リザーブドライバーとしての継続など、様々な選択肢が考えられます。
角田選手の実力は多くのチーム関係者から評価されており、今後の動向に注目が集まっています。

次世代のF1候補生たち

現在、F1を目指す若手日本人ドライバーたちが、国内外のレースで活躍しています。
ここでは特に注目の3名をご紹介します。

平川亮(ひらかわ りょう)|最もF1に近い男

現在の活動:WECハイパーカー、ハースF1チームリザーブドライバー

平川亮選手は、2025年現在ハースF1チームのリザーブドライバーを務めており、最もF1に近い位置にいる日本人ドライバーです。
トヨタガズーレーシングでWEC(世界耐久選手権)のハイパーカークラスに参戦しながら、F1のチャンスを待っています。

スーパーフォーミュラでは2017年、2018年、2023年の3度のチャンピオンに輝いており、その実力は折り紙付きです。
F1チームとの正式な契約を結んでいることから、正規ドライバーが怪我などで欠場する場合には、すぐにでもF1デビューできる立場にあります。

岩佐歩夢(いわさ あゆむ)|国際経験豊富な若手

現在の活動:スーパーフォーミュラ

岩佐歩夢選手は、FIA F2での経験を持つ国際派ドライバーです。

F2時代にはポールポジションを獲得するなど、その速さを証明してきました。
現在はレッドブルグループのテストドライバー所属でもありスーパーフォーミュラで活躍しており2025年はチャンピオンになりました。

再びヨーロッパのトップカテゴリーを目指しています。

坪井翔(つぼい しょう)|2024年ダブルタイトル獲得

現在の活動:スーパーフォーミュラ、SUPER GT

坪井翔選手は、2024年にスーパーフォーミュラとSUPER GTのダブルタイトルを獲得した実力派です。

2025年シーズンも両カテゴリーでランキング上位を維持するなど、安定した速さを見せています。
国内トップカテゴリーでの実績は十分であり、今後の国際舞台での活躍が期待されます。

加藤大翔(かとう たいと)|ホンダ育成の若手ホープ

現在の活動:FIA F3参戦予定(2026年)

ホンダの育成ドライバーである加藤大翔選手は、2026年にARTグランプリからFIA F3に参戦することが決定しています。
F3はF1への登竜門の一つであり、ここでの活躍次第でF2、そしてF1への道が開けます。

その他注目の若手

  • りー海夏澄(かなと):2026年FIA F3参戦決定。12歳から単身イギリスに渡り、2021年にはカートでジュニアタイトルを獲得した逸材。
  • 荒尾創大:元レッドブル育成ドライバーで、スーパーフォーミュラのルーキーテストに参加するなど、国内トップカテゴリーへの参戦を目指しています。

まとめ:日本人ドライバーの未来

F1日本人ドライバーの歴史を振り返ると、3名が表彰台を獲得し、多くのドライバーが入賞を果たしてきました。しかし、まだ誰も達成していないのが優勝です。

  • 最高位記録:3位(鈴木亜久里、佐藤琢磨、小林可夢偉)
  • 予選最高位:2位(小林可夢偉)
  • 最多出走:片山右京(95回)→現在は角田裕毅が記録更新中(114回以上)
  • 最年少デビュー:角田裕毅(20歳)

角田裕毅選手は2026年のレギュラーシートを失うことになりましたが、これまで4年以上F1に参戦し続けた実績と、レッドブルという名門チームでの経験は、他チームからも高く評価されています。

引き続きF1の舞台で活躍する可能性は十分にあります。

また、平川亮選手がハースのリザーブドライバーとして控えていること、岩佐歩夢選手や坪井翔選手など実力派の若手が育っていることを考えると、日本人がF1で優勝する日も決して遠くないかもしれません。

さらに、加藤大翔選手や、りー海夏澄選手など、10代の若手ドライバーたちが着実にステップアップしており、2030年代には複数の日本人ドライバーがF1グリッドに並ぶ可能性もあります。

F1は世界最高峰のモータースポーツです。そこで戦う日本人ドライバーたちを、これからも応援していきましょう!


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F1用語豆知識

オーバーテイク・モード(旧MOM)

2026年から導入された、DRSに代わる追い越し支援システム。前の車と1秒以内になると、追加の電力を解放して加速できます。

空力ではなく、モーターのパワーを上乗せして順位を奪う、現代F1の象徴的な機能です。

  • この記事を書いた人

すけろく

ちょっと工夫するだけで、生活の質が爆上がりするようなネタを提供しています。近頃アリエク沼とiherb沼にドハマり中なので、近々そんなのも紹介してます。

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